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『向日葵-福山竜一』





「向日葵」

ボーカル・ギター 福山竜一
フルート・コーラス 長崎宏美

PA ペタン

2012年8月25日 福島県南会津町 喫茶「みそら」ライブより



夏が続いている。
この日も会津若松は36度だった。
自分が関わらせてもらっているグループの別のライブが終わり若松から南会津町へ。

福山竜一の"向日葵"は好きな曲だ。
今までポッドキャストでも何度も紹介させてもらってきた。
夏の定番曲だったりするのだが、やはり今年福島で聞くこの曲の意味合いは違っている。
いや他の誰の曲でも違っている。
3.11前と後でまったく。

歌は作者がある意図を持って紡ぐものだが、それだけでは完成しない。
そこに聞き手がいて聞き手の今の想いというものと接し合い反応して完成する。
(音楽家でもないのに生意気だが)
特にライブではどれほどの名曲でもヒットチューンでもその場にいる人々の想いを繋ぐことが出来なければ完成しない。震災後、著名なアーティストが云わいる"がんばれ"楽曲を発表しているけれど、俺には届かないものばかりだ。けど同じ人の楽曲でも震災前に作られたものには反応したりする。
届く歌というものは生き物なのだ。

ライブ後の打ち上げで、福山竜一といつものように「今の福島」の話しなる。
去年の震災・原発事故以来 唄うことの意味が違ってきたと福山はいう。
あの頃音楽に何が出来たのか?
今 音楽に何ができるのか?
これから音楽は何ができるのか?
福島の各地に歌を届け仮設住宅でも歌ってきた。
何も答えは出ていないが1年前と意識は違ってきていると話す。
そして「ミツさんおれ福島のことなんて歌えない。曲なんて作れないよ」と話してくれた。
被災地を周り仮設住宅を訪ねて現実を見た彼はそう言う。
現地へ何度も入り自分が居る場所との現実の違いを見つめての発言だ。

フルートで参加した長崎宏美さんが「音楽とか自分ってチッポケで何も出来ないんだと思いました」と涙を落とした。長崎宏美さんも被災地へ何度も行き音楽を届けてくれていた。
彼女も違和感を抱えていた。
被災地に入り実際に何かしらのカタチで手伝いをした人の多くは同じような想いをもつ。
音楽であれ物資搬入であれ除染であれ炊き出しであれ、みんなおなじ。
自分は大して何もできないんだってことだけがはっきりと判る。
そして、続けていくことの中にしか答えのようなものは無いって思えて続けいく者、離れて行く者。
何が正しくて何が間違っているとかの話しじゃなく。
関わるということは大変なことなんだな。

向日葵 響く曲だった。。今


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