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『新潟市避難者交流所 - ふりっぷはうす』

写真

新潟市にある避難者交流所「ふりっぷはうす」へおじゃまさせてもらいました。
「ふりっぷはうす」の由来は、F=Family,Friend,Fukushima LIP=Live in Peace (平穏な生活を送る)
去年10月に新潟県内のNPO団体が立ち上げ運営をしている場所です。
運営をされているEさんとネットで繋がる機会があり、今回もいつものように図々しくお邪魔しました。
思いついたら動いてる子どもみたいな自分を反省しています。。少しね(苦笑)

Eさんをはじめ直接の運営をされているのは福島から避難している皆さんで、
毎日、20名から30名の方が利用されているとのこと。
昨年のオープン時には一日に100名の方が訪れた事もあったそうです。
「子どもたちを遊ばせて、福島の新聞を読んでお茶をして雑談してもらう場なんです」とEさん。
そして新潟県へ避難している人の誰もが「誰も気にしないで福島の言葉で喋って良い場所」なのですね。
Eさんとも話しましたが「福島弁なんてものは無いけどそれぞれの地域の福島の言葉があってそれは隣県であっても全く違うから普段の生活では使わない(使えない)けど、それを喋れる場所があるという心強さはない」です。
地元の言葉(暮らしの言葉)を話せる場所や人が他所へ行った時にあるかどうかは大きいです。
「よぐよぐやだぐぅ なっちまー」 って言える場所は大切ですよ。

この日の利用者は少ないとのお話でしたが子どもたちが10人ほど元気に遊んでいました♬
みんな殆どがお母さんとの母子避難。
元気に遊ぶ姿に癒されましたが、同時に鼻の奥がツーンとなってしまいました。
或る日突然通っていた幼稚園や保育所の友たちと別れて知らない人ばかりの土地へ来て、
お父さんがいない暮らしが始まりどれだけ不安で寂しかったことか。。
最近、涙腺ゆるくて あぶないあぶない。

ある方は新潟へ来てから出産をされて一度も福島へ帰っていないそうで、
先日、お祖父ちゃんが亡くなり とうとう顔を見せられなかったそうです。。
詳細をお聞きする事はしなかったのですが、福島から避難をする時に皆さん本当に大変な苦労をされていて、家族や親戚や仲間との間に埋めがたい深い溝ができてしまっている方も多いようでした。。
そして様々な理由で福島へ帰る人が増えているとのこと。
どうしたって心が折れてしまう場面があります。
子どものために頑張ってきているのに家族や仲間から理解されないままの自主避難の日々。
誰も福島が嫌いで福島を離れている人などいないのに。。

運営のEさん「新潟県には本当に感謝しています。泉田知事さんからも何でも言ってください、と言われて感謝しきれません。これからお世話になった分を何かのかたちで新潟に恩返しできたらと思っています」と人懐っこい笑顔で話してくれたのがとても印象的でした。

現実には辛い出来事も多く大変ですが、とにかく福島の人が他県で福島の人を繋いで支えている現場は温かく頼もしい場所でした。
あまりに居心地がよく30分くらいと思っていたのに気づけば2時間も!!
Eさん、スタッフの皆さん ごめんなさいm(_ _)m
また おじゃまします。

ふりっぷはうす



続けていく 繋がっていく 
できることは何でもやってくよ。


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