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『昨日、中通りで』

去年、福島では「100ミリシーベルト」問題やら「20ミリシーベルト」問題。
「危険」と「安全」
「避難」と「留まる」
さんざんもめた。(かたちを変えて今でも続いているけど)
どっち側かに別れて喧々諤々する者。
傍観する者。

いま身近で「100ミリ」問題も「20ミリ」問題も大丈夫だと吹聴していた人々を見ない気がする。
いま身近で「安全」だと旗を振っていた人々を見ない気がする。
もうどっちも福島にはいないような気がする。
避難や移住を決めた人たちは勿論どこか別の土地で新しく活きている。
いまここに居る人の多くは「安全」の旗のもと残った人と、傍観していた人だけのような気がする。
その旗を振っていた人々を最近身近で見かけない気がする。
信じた人々だけが置き去りにされながら高線量や低線量の外部被曝を毎日受けながら、ここにいる。
そんな印象だ。


昨日、中通りの某所のスーパーで弁当を買って近くの広場で食べた。
「あっそうだ」と思い線量計を見る 0.5μSv
今のチェルノブイリで入っちゃいけないゾーンと呼ばれる地域の入り口だ。

「安全」の旗を振ってた人たちからすれば、うまくいったってことなんだろうな。
本当にあの「安全」な旗を振っていた人達は何処へ行っちゃったんだろう。。


1139.jpg

「安全・大丈夫」の旗を振っていた(いる)人々はこの通学路のような場所を歩く事を自分の子どもに推奨しているのだろうか? (写真は今月のJNN特集番組より)

市民レベルで「危険」「安全」の旗を振っていた人が本当に居なくなって、
残されて被曝し続けるだけの子どもたち。
何かが起こってどっちかの旗を振ってた誰かのせいにしたくても振ってた本人はいない。
居たとしたって君の子どもに何かが起こっていても「関係ない」で終わりさ。

あぁ 去年あれだけ必死になって「安全」の旗を振っていた人たちは、どこへ行ったんだろう。

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