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会津に最初に放射性物質が飛んできた時

最初に放射性物質が飛んできた時間を改めて考えていました。
というのも知人が「原発が爆発した時に自分は家から出なかったので大丈夫ですよね?」と。
その方は、私の故郷の南会津町(旧田島町)在住(会津若松から道沿いに南へ約40km)
どうも未だに誤解をしている方が福島県民にもいらっしゃるようです。
放射性物質の大量放出が起こったのは原発が爆発する前だと今考えられています。
勿論、爆発そのものによって飛散したものもあるでしょうが。
それはさて置き、ようするに線量が高く計測された時間帯に何処にいたのか? ということですよね。
さまざま出ているデータはセシウムです。
けれども放射性ヨウ素131(半減期8日)も大量に放出されていたわけです。
こいつが子どもにとっては甲状腺に溜まってしまう厄介なものですね。
データはセシウムからの線量ですが、事故直後にはヨウ素も当然混在しています。
その時刻に何処に居たのか?
以下は最初に会津へ(県内7方面地区)放射性物質が届いた去年の3月15日のデータです。
7houbu.jpg
会津若松市 午後3時 0.10μSv- 南会津町 0.07μSv
会津若松市 午後4時 0.14μSv- 南会津町 0.10μSv
会津若松市 午後4時20分 0.12μSv - 南会津町 0.17μSv 午後4時20分の段階で若松より南会津が高くなります。
会津若松市 午後5時20分 0.43μSv - 南会津町1.08μSv  
会津若松市 午後6時 1.02μSv - 南会津町 0.93μSv ここでほぼ同じ数値になっています。
会津若松市 午後7時 1.12μSv - 南会津町0.88μSv


この辺りを堺に会津若松市は上昇して行き、南会津町は下がっていきます。
天気と風向きの変化だと思われます。
単純な話し、この午後4時30分頃から午後7時辺りに外に出ていたかどうか? という話しです。
帰宅や買い物の時間帯にあたります。
もっとも人々が外へ出ていた可能性の高い時間帯に会津へも放射能がやってきていました。
私たちはそんな事も何も知らずにそれぞれの動きをしていたはずです。
ですから、今、空間線量なんてものが低いからといって「大丈夫」だと判断をするのは早計だと思います。
本来であれば事故後 スピーディーの情報が公開され、安定ヨウ素剤が配布されていたはずなのです。
南会津をふくめた会津地方の子どもたちもしっかりと甲状腺検査をしてあげてほしい。
特に会津は原発から遠く地震の被害も少なかったので普通に仕事をしていた地域。

放射性ヨウ素のデータは無いとしていた国と県ですが、今年春のNHK ETV特集「放射能汚染地図5」の中で
以下の飛散データが公開されています。

fb8785c91af28a00dd7f0dcca0e62330.png
番組の写真です。
(いつものようにネットから動画は削除されています。私は持っていますがw)
これは福島県のモニタリングポスト(線量計)のデータに風向きを入れて出されたものです。
会津に住む私らはガッツリ濃い放射性ヨウ素131を吸い込んでいると考えられます。
南会津町(旧田島町)であれば、2011年3月15日午後4時頃から午後7時頃に何処に居たのか(室内か外か)
会津若松市では午後5時頃から終日何処にいたのか? です。
(会津若松の最大値は午後10時20分)
「大丈夫ですよね?」と訊かれても「心配しとくほうが賢い」としか言えません、、、

子どもがいる人は心配しといて良いんじゃないですかね?
あっ、30歳くらいまでは子どもの範囲らしいですよ放射能では。

それにしても同日の福島市の数値って。。。。

訊かれたから話したのに、知人からの反応は未だに無いというそんな現在/(^o^)\ナンテコッタイ
これが一番厄介な現実なのかもしれません。


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