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『8月15日になると思い出す話し』

8月15日になると思い出す話し。
太平洋戦争でうちの父親は少年兵として満州へ出兵した。
敗戦が濃厚になり北からソ連軍が侵攻してきた。
父親の連隊は幾つかの塹壕に分散して自決を決めたそうだ。
バンッ バンッと近くの塹壕から次々にダイナマイトの炸裂音が響いた。
いよいよ自分たちの番だ。
目を閉じてその時をまっていた。
「不発であります」誰かが叫んでた。
父は生き残りシベリアへ抑留された。
シベリアの過酷な環境下で長い間労働させられ父は足の指を凍傷で失った。
この話しを聞いたのは父が亡くなる2,3年前だったから子どものおれは指の無い足を気持ち悪がっていた。
知らないとはいえ酷いことをしたと今でも思う。
父は亡くなる数年前にこの話しをしてくれるまで一度も戦争の話しをしたことがなかった。
こっちも聞こうとしたこともしなかった。
話したくなかったのだと思う。
けど8月15日が近づき戦争へ行っていない父たちのすぐ下の世代がテレビなどで「戦争というのは..」などと言っていると「戦争に行ってないのに何が解るんだ」と静かに言ったりした。
そしてすぐに高校野球を熱心に見始める。
それが我が家の8月の風景だった。
その我が家も父も母も亡くなり自分も別の町で暮らしている。
ただ毎年8月15日になると独り思い出す。
67年前の満州で「不発」してくれていなければ自分は今此処に存在していないんだということを。
それだけが父や母と自分を今も繋いでくれている。

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